【ネタバレ感想】世界の終わり、あるいは始まり (角川文庫)
東京近郊で連続する誘拐殺人事件。事件が起きた町内に住む富樫修は、ある疑惑に取り憑かれる。小学六年生の息子・雄介が事件に関わりを持っているのではないか。そのとき父のとった行動は……衝撃の問題作。
たまたま入った小学生の息子の部屋で見つけてしまったのは特殊な塗料や拳銃。しかも、その2つは世間を震撼させている小学生連続誘拐・殺人事件の犯人が使用したとされるものであった。
それによって息子が犯人ないしは何らかの形で関与しているのではないか?
と疑問を持った父親が主人公で主に彼の1人称で話は展開されていく。
この小説の核となる部分は妄想と現実認識が交互に繰り返されることだろう、
A→Aはまずいな・・・なら→B→Bもダメか、ならば→C
みたいに想像・妄想して物語は進行する。そして、妄想が進んで最終的にどうなるかというと、「どうしようもないな」といったように収束する、この終わり方は否定されると思う・・・
だがしかし、視点を変えてみれば物語は変化したように見えるのではないか?
私はAの世界線が現実でA’以降が精神的異常をきたした主人公の平穏への渇望から生み出された妄想ではないかと思う。
理由はいくつかあるが大きな一つは事件、証拠品への理解がA'以降段々と詳しくなることだろう。これはAの世界線で警察から説明を受けたからこその知識の増加ではないだろうかと推察できる。
Aの世界線で狂った息子・破壊される家庭・罪のない娘まで殺されて、すっかり狂ってしまった主人公が事件が明るみに出る前にどうすればよかったのかなと夢想しながら、段々と現実を受け止めていく過程とも受け取れるのだ
実際それをにおわせるような部分も全くないのでこの読み方は間違っているだろう。
しかしながら、主人公が妄想する内容から読者も妄想するこれも一つの楽しみ方ではないかと思う